建設業のExcel地獄⑤ ― “とりあえずExcel”が生む属人化。
1. 「とりあえずExcelで」が、一番危ない
建設業の現場や内勤業務では、何か新しい対応が発生したときに、こんな言葉がよく出てきます。
「まあ、とりあえずExcelでやりましょう」
この言葉自体は、ある意味とても合理的です。
Excelは誰でも開ける。
すぐ作れる。
表も作れる。
計算もできる。
メール添付もしやすい。
だから、急ぎの業務や暫定対応の受け皿として、Excelは本当に優秀です。
でも問題は、“とりあえず”で始めたものが、そのまま何年も業務の中心に居座ってしまうことです。
最初は一時しのぎだったはずなのに、いつの間にかそのExcelがないと仕事が回らなくなる。
しかも、その中身をちゃんと理解しているのは、作った本人か、長年触ってきた一部の人だけ。
これが、建設業の現場でよく起きている属人化の正体です。
2. 属人化は「能力の差」ではなく、「仕組みの不在」で起きる
属人化というと、
「ベテランしか分からない」
「担当者が抱え込んでいる」
「引き継ぎが下手」
という話にされがちです。
でも、実際には少し違います。
属人化は、誰かが悪いから起きるというより、仕組みがないから自然発生するものです。
たとえば建設業の見積集約や原価管理、発注管理、請求チェックなどでは、日々こんなことが起きています。
- 取引先ごとにフォーマットが違う
- 同じ項目でも書き方が違う
- 表の位置や粒度が毎回違う
- 「この会社はこの欄を見る」といった暗黙ルールがある
- 例外処理が頻繁に発生する
- 元データがPDF、紙、メール本文、Excelで混在する
こういう状況で業務を回そうとすると、最終的には人が判断するしかありません。
そして人は、その判断をまず自分が扱いやすい形に置き換えるためにExcelを使います。
つまり、属人化はこうして生まれます。
バラバラな情報
→ 人がExcelで整理する
→ 整理ルールがその人の頭の中に蓄積する
→ そのExcel自体が業務の基盤になる
→ 他の人が触れなくなる
これは珍しい話ではなく、むしろかなり自然な流れです。
3. Excelが悪いのではない。問題は“判断の置き場”になっていること
ここで誤解してほしくないのは、Excelそのものが悪者ではないということです。
Excelは本来、とても便利な道具です。
試算、整理、集計、確認。どれにも向いています。
建設業のように、案件ごと・現場ごとに変数が多い世界では、柔軟に扱えるExcelが重宝されるのは当然です。
ただ、問題は、Excelが単なる表計算ソフトではなく、
“人の判断を埋め込む場所”になってしまっていることです。
- この取引先の表記はこの科目に寄せる
- この見積はここを見れば本体価格が分かる
- この帳票はこの欄が空でも別ページに書いてある
- このケースは例外だから手で直す
- 今回だけはこの計算式をずらす
こうした判断が、マニュアルにも業務フローにも残らず、Excelのセル、色、コメント、列追加、関数の癖の中に沈殿していく。
その結果、Excelはただのファイルではなく、担当者の思考そのものになっていきます。
だから引き継ぎが難しい。
だからブラックボックス化する。
だから担当者が抜けると一気に困る。
属人化の本質は、ファイルが複雑なことではなく、
判断が共有されず、見えないまま運用されていることにあります。
4. “運用でカバー”が積み重なると、組織は学習しなくなる
建設業では、例外への対応力が高い人ほど重宝されます。
急な変更。
曖昧な指示。
足りない情報。
取引先ごとのクセ。
現場ごとのルール違い。
そうしたものを現場でうまくさばける人は、本当に頼りになります。
でも、その頼もしさに組織が依存しすぎると、別の問題が起きます。
それは、業務が改善されないまま固定化することです。
なぜなら、困ったときに誰かがExcelでなんとかしてくれるからです。
- フォーマットがバラバラでも、あの人が整えてくれる
- データが揃っていなくても、あの人が読み取ってくれる
- 計算が崩れても、あの人が直してくれる
- 集計ルールが曖昧でも、あの人なら分かる
こうなると、組織としては「回っているように見える」ので、根本改善に手がつかなくなります。
でも実際には、回しているのは仕組みではなく、人の善意と経験値です。
この状態は、一見安定しているようでいて、かなり危ういです。
担当者の退職や異動。
案件の増加。
拠点の拡大。
新しいメンバーの参加。
法対応や管理項目の追加。
そうした変化が起きた瞬間に、今まで見えていなかった歪みが一気に噴き出します。
“運用でカバー”は短期的には強い。
でも中長期では、組織を弱くすることがあります。
5. 「フォーマット統一」で解決しない理由も、ここにある
このシリーズでも何度か触れてきましたが、
建設業の情報整理は、単純にフォーマットを揃えれば終わる話ではありません。
なぜなら、本当に難しいのは見た目ではなく、解釈の揺れだからです。
同じ「材工共」でも会社によって意味が違う。
同じ「一式」でも中身が違う。
同じように見える明細でも、含まれている範囲が違う。
つまり、整えるべきなのはファイル形式だけではなく、
人がどう判断しているかの方です。
でも、その判断がExcelの中にだけ存在していると、見える化も共有もできません。
結果として、ファイルは揃っても、業務は揃わない。
ルールを決めたつもりでも、現場では結局“分かる人頼み”になる。
「フォーマット統一したのに楽にならない」という現象は、まさにここから起きます。
6. 本当に整理すべきなのは、データではなく“判断”かもしれない
DXというと、多くの場合はこう考えられます。
- 紙をなくす
- Excelをなくす
- システムに入力する
- データを一元化する
もちろんそれも大事です。
でも、建設業のような非定型業務が多い世界では、それだけでは足りません。
なぜなら、入力される前の段階で、すでに人がたくさん判断しているからです。
どの項目を採用するか。
どの表記に揃えるか。
どこまでを同一とみなすか。
例外をどう扱うか。
この帳票をどのルールで読むか。
この判断が整理されないまま、表面だけデジタル化しても、属人化は残ります。
むしろ、Excelから別のツールに置き換わっただけで、
属人化の場所が変わるだけということもあります。
本当に必要なのは、
「誰が上手に処理しているか」ではなく、
「何を根拠にそう判断しているのか」を整理することです。
それができて初めて、仕組みに落とし込める。
そして初めて、人が変わっても回る業務になります。
7. “Excelをなくす”ことがゴールではない
このシリーズを通して伝えたかったのは、
「Excelを使うな」という話ではありません。
むしろ現実には、Excelはこれからもしばらく使われ続けると思います。
建設業の仕事とExcelは、それくらい深く結びついています。
ただし、“とりあえずExcel”を続けることと、
Excelを道具として使いこなすことは別です。
前者は、問題を先送りしやすい。
後者は、業務の中でExcelの役割を明確にできます。
大事なのは、Excelの中に沈んでいる判断をそのままにしないことです。
- どんなルールで整理しているのか
- どこで人の判断が入っているのか
- 何が例外なのか
- なぜその修正が必要なのか
そこが見えるようになるだけでも、属人化はかなり減らせます。
Excelをやめることより先に、
Excelに埋まっている“仕事の知恵”を言語化すること。
それが、建設業の業務改善においてかなり重要だと感じています。
8. まとめ:“地獄”の正体は、Excelではなく、見えない判断の蓄積だった
「建設業のExcel地獄」という言葉でシリーズを書いてきましたが、
最後まで掘っていくと、地獄の正体は単なるExcel依存ではありません。
本当の問題は、
情報がバラバラで、判断が人に閉じていて、その結果としてExcelが属人化の受け皿になっていること
です。
Excelは、悪くない。
でも、便利すぎる。
だからこそ、未整理な業務も、曖昧な判断も、例外対応も、全部飲み込んでしまう。
そして最後には、
「このファイル、あの人しか触れない」
「理由は分からないけど、昔からこの運用」
「引き継いだけど怖くて触れない」
という状態が出来上がります。
それは、どこの会社でも起こりうることです。
建設業では特に、それが起きやすいだけです。
だからこそ、改善の出発点は、ファイル整理だけではありません。
人の判断をどう扱うか。
その判断をどう残し、どう再現できるようにするか。
ここに向き合わない限り、
“とりあえずExcel”の地獄は、形を変えながら続いていくのだと思います。
シリーズを通して
「建設業のExcel地獄」シリーズでは、以下のテーマを扱ってきました。
- ① なぜ見積は毎回やり直しになるのか
- ② フォーマット統一では救えない理由
- ③ ベテランしか読めない表の正体
- ④ そのコピペ文化、限界です
- ⑤ “とりあえずExcel”が生む属人化
どれも別の話に見えて、実は全部つながっています。
やり直しが発生するのも、
統一しても楽にならないのも、
ベテランしか分からないのも、
コピペが増殖するのも、
最終的に属人化するのも、
業務の中にある“人の判断”が、うまく扱われていないからです。
このシリーズが、日々の業務を少し引いて見直すきっかけになれば嬉しいです。
Connected Baseのご紹介
「AI-OCR」「RPA」から
“LLM+人の判断”の再現へと移りつつあります。
Connected Base は、日々の見積書・請求書・報告書など、
人の判断を必要とする“あいまいな領域”を自動で処理し、
現場ごとのルールや判断のクセを学習していくAIプラットフォームです。
これまで人が時間をかけて行ってきた仕分けや確認を、
AIとルール設定だけで再現・蓄積・自動化。
単なる効率化ではなく、「判断の継承」まで含めたDXを実現します。
現場の知恵を未来につなぐ──
その第一歩を、Connected Baseとともに。


