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【連載1/3】ベテランはなぜ“見ただけで”金額の違和感に気づくのか?

工事の戻り会議。A4の見積が机にばさっと置かれた瞬間、ベテランが眉をひそめる。
「この足場、ちょっと高いね」——まだ誰も電卓に触れていないのに、空気が少しだけ重くなる。魔法ではない。レンジ感・桁感・比率感という“3つの感覚”が、長年の現場経験で無意識に常駐しているからだ。本稿では、その3感覚を行動レベルにまで分解し、さらに新人が真似しやすい観察の順番つまずきポイントメモの残し方までを具体化する。

0.5秒で起きていること:3つの感覚を“動詞”にする

  • レンジ感=はじく
    品目ごとに「この辺りの幅」が頭に入っている。足場㎡なら800–1,200円、生コンm3なら12,000–16,000円…幅から外れた数字を“はじく”のが最初の反射だ。
  • 桁感=整える
    単位(m/m2/m3、台/か所…)と数量を一度、心の中で正規化して桁を整える。×10/÷10のズレや税込・税抜の混線を疑う。
  • 比率感=つり合わせる
    材料:工賃、上代:仕切り、共通仮設:直接工事費…経験的な釣り合いを脳内で当てる。極端に傾いたら立ち止まる。

ポイント:この3つは“同時”に走るが、観察の順番を決めると新人でも再現しやすい。
順番の定石:①レンジ → ②桁・単位 → ③比率


現場断片:数字の“手触り”は紙よりも現場から育つ

  • 写真と工程表がスケール感を身体に入れてくれる。
    たとえば2,400m2の足場で「運搬2回」は薄い、という方向感は、図面と現場写真を毎回見る習慣で育つ。
  • “匂い”の正体は連想
    「生コンが増えているのに、ポンプ・運搬が据え置き」は付帯費の積み漏れという連想が瞬時に走る。

よく滑る4つの“違和感の型”を深掘り

1) 端数の心理学:美しすぎる数字、細かすぎる数字

  • 10,000円ぴったり:根拠なき丸めの疑い。
  • 1,234円/㎡のような細かすぎる端数:現場実態と合わない“机上感”。
    観察のコツ
  • 丸い数字は「価格含み(諸条件込み)」の可能性→内訳を割って確認。
  • 細かい数字は「単位の混線」疑い→mとm2、m2とm3の変換痕跡を探す。

2) 単位の罠:mとm²、㎥とm3、「箇所」の表記ゆれ

  • ㎡(m²)をmとして計算 → 数量の次元崩壊
  • ㎥(全角合字)とm3(半角)混在 → 集計時に別物扱い
  • 「箇所/ヶ所/ヵ所/ケ所/カ所」→フィルタ・集計漏れ
    観察のコツ
  • 見た瞬間に内心で正規化して読む(m²→m2、㎥→m3、「箇所系」→か所)。
  • 表記ゆれは“数字の滑り”の予兆。単位が荒れている案件は、他も荒れている。

3) スケールの反則:規模↑で単価↑、数量↑で付帯費↓

  • 通常は規模↑で単価↓(スケールメリット)
  • 数量↑で**運搬・養生などの付帯費も↑**が自然。
    観察のコツ
  • 「規模→方向」の矢印を頭の中で描く。矢印に逆行してないかだけを見る。

4) 割合の崩れ:材料と人工、共通仮設と直接工事費

  • 例)材料妥当でも人工(にんく)だけ突出→手順想定ミスや条件文の欠落。
  • 例)共通仮設が薄すぎ→共通費の積み漏れ
    観察のコツ
  • 「ざっくり目安」を持つ(±20%で黄信号、±35%で赤信号など“幅”で見る)。

事例で見る“違和感の旅路”

ケースA:足場(材工)

足場本体    1,050円/m2 × 2,400m2 = 2,520,000円
運搬        25,000円 × 2回      =    50,000円
養生        0円
共通仮設    30,000円            =    30,000円

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  • レンジ感:1,050円/m2はラダー内だが…
  • 桁感:2,400m2規模で運搬2回は薄い。
  • 比率感:養生0円、共通仮設が総額比で薄すぎ。
    → 仮説:「搬入動線に制約あり」「残材処理」「養生費」などの条件費が未計上

ケースB:生コン(21-8-20)

  • 材料費は相場内。
  • しかしポンプ回送回数と運搬距離が規模に比例していない。
    → 仮説回数の見積り根拠が不明。現場工程と車両台数を再確認。

ケースC:電材

  • ケーブルm単価は妥当。
  • 端末処理数(スイッチ数)との人工の釣り合いが悪い。
    → 仮説作業手順の想定ミスか、夜間・高所作業など難易度条件の記載漏れ

新人が真似できる「観察の順番」と“口つき”例文

  1. レンジから入る(はじく)
     例:「該当品目の単価レンジ(800–1,200円/m2)から見ると、1,050円は範囲内です。」
  2. 桁と単位を整える
     例:「数量2,400m2に対し運搬2回は薄い可能性。単位と回数の根拠を確認したいです。」
  3. 比率でつり合わせる
     例:「総額に対する共通仮設の比率が低めに見えます。養生・残材処理の計上はありますか?」

“口つき”を整えると場が荒れない。いきなり「間違ってる」ではなく、レンジ→桁→比率の順で質問化する。


ベテランの“暗算トリック”を盗む(すぐ効く小ワザ)

  • ×1,000の見積もり:「3桁移動」で瞬時に桁感を掴む。
  • m→m2→m3の感覚:面積・体積の一段上を常に頭に置く(面で語られても、体積や長さを思い浮かべる癖)。
  • 比率の2点留め:「材料:工賃 = 6:4 付近」「共通仮設 = 5–15%」など自分の錨を2つだけ持つ。

“違和感チェックリスト”(増補版・貼って使える)

  • 単位・表記の衛生
    • m2/m3/か所/台に正規化済み(m²→m2、㎥→m3、「箇所系」→か所)
    • 半角統一(m/m、kg/kgの混在なし)
    • 「”」「〃」「11」は直前値コピーの扱いで補正済み
  • レンジ・桁の確認
    • 主要品目の単価はラダー内(±しきい値)
    • ×10/÷10の桁ズレ、税込・税抜の混線なし
  • 方向と比率
    • 規模↑で単価↓ or 付帯費↑の方向は妥当
    • 材料:工賃、共通仮設:直接工事費の比率が幅内(例:±20%で黄信号)
  • 条件費の有無
    • 夜間・搬入制限・高所・養生・残材・遠距離運搬の条件費が反映済み
  • 端数の意味
    • 丸すぎ/細かすぎ端数には根拠メモ
  • 記録
    • 違和感→対応→1行理由を記録(後日に同型パターンへ流用)

ありがちな“反論”と運用の折り合い

  • 「現場でレンジは違う」
    → レンジを複数持つ(都市/地方、季節、規模)。幅を否定ではなく対話の起点に。
  • 「比率は案件ごとに揺れる」
    → だから幅(許容レンジ)と例外理由の記録禁止でなく透明化が運用しやすい。
  • 「チェックが多いと作業が止まる」
    → 警告レベル2段階(注意/重大)+**週1の“誤検知レビュー”**でルールを痩せさせる。

1行理由メモの“黄金パターン”(すぐ使える雛形)

  • 搬入制限(幅2.5m)、トラック台数増 → 運搬+15%
  • 夜間作業(22–5時)、割増率+25%を適用」
  • 高所(GL+18m)、養生+安全費を別計上」
  • 遠距離運搬(片道42km)、回送回数を3→5回に修正」

長文は不要。“条件→影響→補正”の三点ワードで十分。未来の自分が読み返して理解できることを最優先に。


まとめ:感覚は“幅・方向・釣り合い”で渡せる

ベテランの“見ただけ”は、幅(レンジ)・方向(桁と単位)・釣り合い(比率)という3点で説明できる。
そしてこれは、観察の順番と短いメモの型
に落とし込めば、新人でも明日から再現できる。
まずは今日の見積から、「レンジ→桁→比率」の順に視線を走らせてみてほしい。

次回(連載2/3)は、数字が“滑る”瞬間を実例で解剖。単位・桁・端数のミクロな罠と、OCR/Excel運用の落とし穴を潰していく。

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ベイカレントにてIT・業務改善・戦略領域のプロジェクトに従事。その後、株式会社ウフルにて新規事業開発を担当し、Wovn Technologiesでは顧客価値の最大化に取り組む。AIスタートアップの共同創業者としてCOOを務めた後、デジタルと人間の最適な融合がより良い社会につながるとの想いから、株式会社YOZBOSHIを設立。2022年2月より現職。