建設業のExcel地獄③ ― ベテランしか読めない表の正体。
「この表、どこを見ればいいですか?」
新人がそう聞くと、ベテランは少しだけ画面を見て、こう言います。
「ここは見なくていい」
「この“数量”はそのまま読まない」
「この行は実質、別工種扱い」
「この備考は単なる備考じゃない」
「これは前回案件の名残だから無視していい」
そして数分後、ベテランは何事もなかったかのように、必要な数字だけを拾い、比較表や集計表をつくっていきます。
新人からすると、まるで魔法です。
でも実際には、魔法ではありません。
それは長年の経験で身についた、“表を読む技術”です。
そして建設業の現場には、この“ベテランしか読めない表”が、思っている以上にたくさん存在しています。
表はある。なのに、すぐ使えない
一般的に、表になっていればデータとして扱いやすいと思われがちです。
行と列がある。
項目名も書いてある。
数量も単価も金額も並んでいる。
Excelにも貼れそうに見える。
一見すると、整理されているように見えます。
でも実際の現場では、そう簡単ではありません。
同じ「数量」でも、
それが発注数量なのか、見積数量なのか、概算なのか、変更後数量なのかは、表の外にある文脈を読まないと分からないことがあります。
同じ「金額」でも、
その行単体の金額なのか、内訳を含む小計なのか、参考値なのか、税込なのか税抜なのかが、明示されていないこともあります。
さらに厄介なのは、
書いてあることより、“現場ではどう読むか”のほうが重要な場面が多いことです。
つまり、表は存在していても、
そのままでは“使えるデータ”になっていないのです。
新人には読めず、ベテランには読める理由
では、なぜ同じ表を見ているのに、ベテランだけが正しく扱えるのでしょうか。
それは、ベテランが数字そのものを見ているのではなく、表の背後にある意味を読んでいるからです。
たとえば、こんなことが起きます。
- 項目名が微妙に省略されている
- 単位が行によって省略されている
- 同じ材料が別名で書かれている
- 「一式」が実質的には複数明細を含んでいる
- 備考欄にだけ重要な条件が書かれている
- 前提条件が別シートや別紙に飛んでいる
- 空白行やインデントで、見えないグルーピングが表現されている
- 赤字や色、罫線の強弱で“読む順番”が決まっている
こうした情報は、表のセルの中だけを見ても理解できません。
ベテランは過去の案件経験や業務知識をもとに、
「この書き方なら、たぶんこういう意味だな」
「この会社のこの形式なら、ここに注意だな」
と、頭の中で補完しています。
つまり彼らは、表を読んでいるようでいて、実際には業務ルールと文脈を同時に読んでいるのです。
これは“属人化”というより、“読解の内面化”
こういう話をすると、よく「属人化ですね」で片づけられます。
たしかにその通りです。
でも、もう少し正確に言うなら、これは単なる属人化ではありません。
判断基準が、表の外に埋まっている状態です。
しかもその基準は、マニュアル化されていないことが多い。
なぜなら、本人にとってはそれが当たり前だからです。
「ここはこう読むでしょ」
「いや、普通わかるよ」
「この会社の見積は昔からこうだから」
そうやって蓄積された“暗黙の読み方”が、業務を回しています。
この状態では、表を共有してもノウハウは共有されません。
Excelファイルを渡しても、判断は渡らないのです。
だから引き継ぎが難しい。
だから新人が育ちにくい。
だから結局、同じ人に確認が集まる。
建設業の現場で起きているのは、
ファイルの問題というより、読解の継承ができていない問題なのだと思います。
Excelが悪いわけではない
ここで誤解してほしくないのは、Excelそのものが悪者ではないということです。
Excelは便利です。
柔軟です。
現場で必要なことを、その場で形にできます。
だからこそ、建設業の複雑な実務を支えてきました。
問題なのは、Excelが自由すぎることによって、
人の判断までシートの見た目に埋め込まれてしまうことです。
セル結合。
色分け。
空白行。
微妙な位置調整。
略語。
社内だけで通じる表現。
「前からこうしている」という慣習。
それらはすべて、現場では合理的です。
でも、第三者や新人やシステムから見ると、一気に読みにくくなります。
つまり、Excelは業務を壊したのではなく、
人の知恵と現場運用をそのまま抱え込めてしまったのです。
それが強みでもあり、地獄の入口でもあります。
フォーマットを揃えても、まだ解決しない
ここでよく出てくるのが、「じゃあフォーマットを統一しましょう」という話です。
もちろん、それで改善する部分はあります。
項目名を揃える。
列位置を揃える。
入力ルールを決める。
これは大事です。
でも、それだけでは足りません。
なぜなら、本当に厄介なのはレイアウトの違いではなく、
同じ見た目でも、読み方が違うことだからです。
同じ「摘要」欄でも、会社によって意味が違う。
同じ「数量」でも、確定値とは限らない。
同じ「一式」でも、中身の粒度が違う。
同じ表でも、案件や担当者によって見方が変わる。
つまり問題は、表の形式ではなく、
その背後にある判断ルールの非共有です。
ここを放置したままフォーマットだけ揃えても、
「前よりキレイになったけど、結局は人が読まないと分からない」
という状態になりがちです。
AI-OCRを入れても苦しい理由
このテーマは、AI-OCRや生成AIの活用とも深くつながっています。
帳票を読み取る。
表を抽出する。
Excelに変換する。
ここまでは、かなりできるようになってきました。
でも、その先で止まることが多い。
なぜか。
理由は単純で、AIもまた、表面上の構造だけでは判断しきれないからです。
AIは「ここに数量がある」「ここに金額がある」は拾えます。
でも、
「この数量は採用してよいか」
「この備考は明細条件として効くか」
「この一式を他社見積と比較してよいか」
「この空白行の上と下は同じ塊か別物か」
という判断は、現場知識がないと難しい。
つまり、建設業の帳票処理で本当に大変なのは、
読み取りではなく、意味づけなのです。
ベテランが無意識でやっていることを、
どうやって再現するか。
ここに向き合わない限り、
「AIで読みました。でも最後は人が全部確認します」という状態から抜け出せません。
本当にデジタル化すべきなのは、“表”ではなく“判断”
ここまで来ると、見えてくることがあります。
建設業のDXで本当に扱うべき対象は、
表そのものではありません。
その表を、どう読むかという判断です。
どの列を採用するのか。
何を同一項目としてみなすのか。
どこを比較対象にするのか。
どの備考を条件として扱うのか。
どの表現を同義として扱うのか。
この“読み方のルール”が共有され、構造化され、再現できるようになってはじめて、
Excelは単なる属人的な作業ファイルではなく、再利用可能な業務データの入口になります。
逆に言えば、ここが整理されていない限り、
どれだけツールを入れても、最後はベテラン頼みです。
ベテランの価値は、「早い」ことではなく「意味を読める」こと
現場では、ベテランのすごさが「作業が速いこと」として語られがちです。
もちろん速いです。
でも本質はそこではありません。
本当にすごいのは、
曖昧な表から、必要な意味を取り出せること。
足りない前提を補いながら、判断できること。
見た目に騙されず、業務として正しく読めること。
つまり、ベテランの価値は「入力が速い」「Excelが上手い」ではなく、
判断の解像度が高いことにあります。
そしてその価値を、個人の頭の中だけに閉じ込めてしまうのは、かなりもったいない。
これから必要なのは、ベテランを置き換えることではなく、
ベテランの読み方を言語化し、再現可能にしていくことなのだと思います。
おわりに
建設業のExcel地獄は、
ファイルが多いことでも、フォーマットがバラバラなことでも終わりません。
本当に根深いのは、
表が“見た目のデータ”でありながら、実際には“経験者だけが読める文章”になっていることです。
だから新人には難しい。
だからシステム化しにくい。
だから結局、人に戻る。
でも裏を返せば、ここに手をつけられれば、改善余地は大きいということでもあります。
表を揃えるだけではなく、
読み方を整理する。
判断を共有する。
暗黙知を構造化する。
そこまで進んで初めて、
建設業のExcel地獄は少しずつ抜け出せるのかもしれません。

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