AI導入の現場で起きている、“想定外の人間ドラマ”。
「AIを入れれば、この業務はだいぶ楽になりますよ。」
そうコンサルやベンダーに言われて始まったプロジェクトが、
数カ月後には、
「このAI、現場のこと何もわかってないじゃないか。」
「結局、余計な仕事が増えただけじゃないですか…。」
という、ため息と不満の渦になっている——。
AI導入の現場では、技術的な課題以上に
“人間ドラマ”がボトルネックになるケースが増えています。
今日は、そんな現場で実際に起きがちな「想定外の人間ドラマ」を、
少しデフォルメしつつ、3つのエピソードとして描きながら、
そこから見えてくる“本当の設計ポイント”を整理してみます。
Episode 1:ベテラン担当者の「仕事を奪われる恐怖」
ある製造業の会社。
ベテランの品番マスターのような担当者がいました。
・過去20年分の取引をほぼ頭に入れている
・型番の一部を聞けば「あぁ、それは●●の案件で…」と答えられる
・社内の誰もが、その人に確認してから見積を出す
そこで経営層が「属人化の解消」を掲げて、
AIによる見積・品番検索システムの導入を決めました。
プロジェクトキックオフの場で、ベンダーが言います。
「このAIがあれば、誰でも簡単にベテラン並みの見積が作れます!」
その瞬間、ベテラン担当者の表情がスッと曇ります。
会議が終わったあと、廊下でぽつりと一言。
「じゃあ俺、もういらなくなるってことだよね。」
彼は何も反対していないように見えました。
でも、その後のデータ提供は遅れがちになり、
AIに教えるべき“細かな判断ルール”も、なかなか出てこない。
・どの条件なら値引き幅を増やすのか
・クレームが多い型番は、あえて違う提案に変えているのか
・あの顧客は数字より「納期の確実さ」を重視しているのか
そういった“暗黙知”は一向にAIに移管されず、
AIは「そこそこ正しいけど、現場が使いたくならない」中途半端なツールになっていきます。
本当の問題は技術ではなく、
「あなたの判断を、次の世代に残す仕組みをつくりたい」
というメッセージを誰も彼に伝えていなかったことでした。
Episode 2:バックオフィスに生まれる「便利だけど、しんどい」のモヤモヤ
次は、AI-OCRや生成AIを導入したバックオフィス部門。
紙やPDFで届く見積書・請求書をAIで読み取り、
自動で台帳に反映する——というよくあるプロジェクトです。
導入後、担当者たちはこう感じ始めます。
「確かに入力は楽になった。
でも、AIの出した“微妙な読み間違い”を直すのに、
結局ぜんぶ目視チェックしてるよね…?」
・単位の違い(mとmm)
・数量の桁違い
・商品名の微妙な表記ゆれ
・病院名や現場名の漢字の揺れ
こうした「人間なら一瞬で違和感に気づく」部分を、
AIはどうしても取りこぼします。
本来であれば、
・AIに任せる部分
・人間が最後にチェックする部分
・“判断ルール”としてAIに覚えさせるべき部分
をきちんと線引きしながら設計すべきなのですが、
現場感覚を知らないまま「フル自動化」を目指した結果、
「AIがやった後始末を、全部人間がやる仕事」
という、最高にストレスフルな状態が生まれてしまう。
そして口には出さないけれど、心の中ではこう思っています。
「AIを入れたせいで、
仕事が“楽”じゃなくて“気持ち悪く”なった。」
便利になっているはずなのに、
現場にモヤモヤが溜まっていく——これも、典型的な人間ドラマです。
Episode 3:経営層の「誰もついてきてくれない」孤独
一方で、経営側にもドラマがあります。
・人材不足
・属人化
・紙とExcelとメールに埋もれた業務
こうした課題に本気で危機感を持ち、
「今のうちにAIに投資しないと、本当にまずい」と覚悟を決めた社長。
周りのスタートアップや同業から話を聞き、
AI導入プロジェクトを立ち上げます。
ところが、蓋を開けてみると…
・現場は「また新しいシステム?どうせ続かないでしょ」と冷ややか
・情報システムは「セキュリティチェックと他システム連携が面倒」と後ろ向き
・ベンダーは「PoCまでは頑張るが、その先の定着支援は薄い」
打ち合わせのたびに、
「うちはうちのやり方があるので…」
「現場が忙しくて、ヒアリングの時間が取れません」
という言葉が並び、プロジェクトは進んでいるようで進まない。
社長室でひとり、資料を見つめながらぼそっと。
「なんとかしなきゃと思って動いてるのに、
なんで誰も前向きになってくれないんだろう…。」
現場から見れば「またトップダウンでAI導入が降ってきた」。
トップから見れば「会社を守るための打ち手なのに、なぜ…」。
お互いの“正しさ”がすれ違い、
プロジェクトは「優先度の低い仕事」に押しやられてしまう。
これもまた、AI導入の裏側で静かに進行している人間ドラマです。
想定外のドラマが教えてくれる「本当の論点」
ここまでのエピソードから見えてくるのは、
AI導入は「技術プロジェクト」であると同時に、
かなり濃厚な「人間プロジェクト」でもある、ということです。
技術面のPoCや精度検証だけに集中してしまうと、
次のような罠にはまりがちです。
・“仕事を奪われる側”の心理への配慮がゼロ
・「誰のどんな判断を残したいのか」が言語化されていない
・現場の人たちが「このAIは味方だ」と思える設計になっていない
・AI導入の目的が「効率化」だけに見えてしまう
・経営層と現場のストーリーが共有されていない
逆に、人間ドラマを前提に設計できると、
AIは一気に“現場にとっての相棒”になっていきます。
人間ドラマを味方につける、AI導入の設計ポイント
最後に、私なりに整理した「こうしておくと、ドラマが前向きに転がりやすい」ポイントをいくつか挙げてみます。
1. 最初に変えるのは「人の役割の定義」
・AIがやる仕事
・人がしかできない仕事
・人が“監督”としてAIを使う仕事
この3つを、言葉にして伝えることがとても大事です。
「AIがあなたの代わりをする」のではなく、
「あなたの“判断の仕方”をAIにも覚えさせて、チームを増やす」
というイメージを共有できると、ベテランほど巻き込まれやすくなります。
2. 最初から「100%自動化」を目指さない
現場のストレスは、
「なんとなくズレたAIの結果を、毎回微修正する」ことで爆発します。
・AIに任せる範囲
・AIの出力を必ず人間がチェックする範囲
・AIに“NG例”を集めて学習させていくプロセス
を最初から設計しておくと、
「AIのせいで余計に気持ち悪くなった」という不満を減らせます。
3. 「属人知を残すプロジェクト」として語る
特にベテランの方にとっては、
「AI導入=自分の仕事の終わり」という恐怖になりがちです。
そこで、
・あなたの経験と判断を、次の世代に残すプロジェクト
・あなたがいなくなったあとも、会社を守るための仕組みづくり
という「レガシーを残すプロジェクト」として位置づけることが有効です。
4. 小さな成功体験を、ちゃんと“物語”として共有する
AI導入は、静かに進めると静かに忘れられます。
・この現場で、こういう判断がAIで楽になった
・この担当者の“クセ”をAIが学習して、再現できるようになった
・このミスが減った結果、クレームが●件減った
といった“小さな成功”を、社内でストーリーとして共有することで、
「AIは怖いもの」から「ちょっと頼れる相棒」に変わっていきます。
結局、AI導入は「人間ドラマをデザインする仕事」
AI導入のプロジェクトに関わっていると、
「なぜこの人は、こんなに頑なに反対するんだろう?」
「なぜここまで来て、急に現場がブレーキを踏むんだろう?」
という場面が必ず出てきます。
その裏側には、いつも人間ドラマがあります。
・仕事を奪われる不安
・自分の価値が下がる恐怖
・新しいことに付き合わされる疲弊
・会社を守りたいのに孤立してしまう経営層の焦り
AI導入を成功させるということは、
これらすべてを「なかったことにする」のではなく、
一つひとつ言葉にして、設計に織り込んでいくことだと思います。
AIは、魔法でも、脅威でもありません。
その会社で働く人たちが、もう少し楽に、もう少し誇りを持って働けるようにするための
“新しいチームメイト”です。
そのチームメイトを、
誰の味方として迎え入れるのか。
ここを丁寧にデザインできたとき、
AI導入の現場で起きる“想定外の人間ドラマ”は、
静かな抵抗劇ではなく、前向きな成長物語に変わっていくはずです。
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