なぜ建設業は、ここまでExcelに依存してきたのか
建設業のバックオフィスを覗くと、必ずと言っていいほど登場するのがExcelです。
- 見積書
- 工事台帳
- 施工計画書
- 資材発注リスト
- 進捗管理表
- 原価・出来高管理表
- 協力会社への支払一覧
これらの多くが、システムではなくExcelで運用されています。
理由はいくつもあります。
- 現場ごとにルールが違う
- 元請・一次・二次と階層が深く、フォーマットの統一が難しい
- 「とりあえずExcelなら誰でも触れる」安心感
- 過去から引き継いだテンプレートが既に現場で回っている
- 業務フロー自体が人ベースで回っており、システム化する前提で作られていない
結果として、「会社の業務ルールそのものが、Excelファイルの中に埋まっている」という状態が生まれています。
DXではなく「Excelの継ぎ接ぎ」になっていないか
ここ数年、建設業でもDXやクラウドサービス導入の動きが加速しています。
ところが、いざ導入してみると、こんな声が出てきます。
- 現場の実務に合わず、結局Excel併用になっている
- システムに入力するための“下書き”として、まずExcelを作っている
- 協力会社からは従来通りExcelやPDFで上がってくるので、変換の手間だけ増えた
- 「本当の管理」は相変わらず自分のExcelファイルでやっている
つまり「システム × Excel × 人の判断」が三つ巴になり、
かえって複雑さが増しているケースも少なくありません。
DXのスローガンは立派でも、現場レベルでは
「最後は、やっぱりExcelでまとめるよね」
という文化が、根っこに生き続けているのです。
Excel依存が生む“見えないコスト”
このExcel依存は、目に見えないところで大きなコストを生んでいます。
1. ファイル分裂と「どれが最新版?」問題
- 現場ごと、担当ごとにファイルが乱立
- メールやチャットでやり取りされ、バージョン管理が崩壊
- 見積や原価の数字が人によって違う
打ち合わせのたびに「え、その数字どこから出てます?」という確認が発生し、
意思決定のスピードが落ちていきます。
2. 属人マクロとテンプレ地獄
- 退職した担当者だけが分かるマクロ
- 「開くときはこのボタン押さないでね」と口頭で引き継がれた注意事項
- 条件付き書式や結合セルだらけで、編集が怖いテンプレート
Excelは柔軟だからこそ、時間をかけて作り込めば“便利ツール”になります。
しかし、その便利さは「作った本人」にしか分からず、
他の人には「怖くて触れないブラックボックス」になりがちです。
3. ナレッジが蓄積されない
最も大きな問題はここです。
- どの項目をどう解釈して入力するか
- 元請ごと・発注者ごとの“お作法”
- 過去案件の経験からくる見積・積算の勘どころ
こうした判断は、ファイルの見えないところに埋もれます。
- セルの小さなメモ
- 行の色分けルール
- ファイル名の付け方
- 担当者の頭の中だけにある「暗黙のルール」
結果として、何年も回してきた「現場の知恵」が、
組織の資産にならずに消えていくのです。
若手にとっての「Excel文化」は、ほぼ暗号
ベテランからすると、
「Excel見れば大体わかるでしょ」
「この色の行はね、まだ確定じゃないって意味だから」
と“当たり前”の感覚で話します。
しかし、異業種からの中途採用や、若手社員にとっては
- どこが正式な入力欄なのか
- どの関数を触ってはいけないのか
- どのシートが最新なのか
が分からず、それを理解するまでに膨大な時間がかかります。
Excelそのものよりも、「Excelを中心に回る業務文化」に適応することが難しく、
そこで離脱してしまう人も出てきます。
「人が採れない」「若手が続かない」という人材の課題も、
このExcel文化と切り離しては語れません。
本当に変えるべきなのは「Excel」ではなく「判断の持ち方」
ここまで読むと
「じゃあExcelやめて、全部システムにすればいいのでは?」
と思うかもしれませんが、現実はそう単純ではありません。
- 元請・発注者ごとにフォーマットが違う
- 現場によって必要な粒度や項目が変わる
- 協力会社のITリテラシーにも大きな差がある
こうした状況で、すべてを一つのシステムに押し込むと、
どこかで必ず“こぼれ落ちる”業務が出てきます。
大事なのは「Excelを悪者扱いして捨てること」ではなく、
- Excelの中に埋もれている“判断ルール”をどう外に出すか
- フォーマットがバラバラでも、意味としては同じ情報をどう揃えるか
- ベテランの属人的な判断を、どう組織のナレッジに変えていくか
という視点です。
Excelを“文化ごと”卒業するためのステップ
現実的な一歩は、次のような順番になると思います。
- 現状のExcelを否定しない
今動いている業務を、いきなりゼロベースで作り変えない。まずは「何がどこに埋まっているか」を可視化する。 - フォーマットより「意味」を揃える
列名・シート名・レイアウトよりも、「このセルは何を表しているのか?」を整理する。 - 判断ルールを文章に起こす
「この場合はA社の単価表」「この条件なら安全側で×1.1」など、今は頭の中にあるルールを、一度テキストとして外に出す。 - 一部の判断を、AIやツールに肩代わりさせる
フォーマットの違いを読み替える、同じ項目をマッピングする、といった“事務的な判断”から少しずつ自動化していく。 - それでも残る“最後の10〜20%”を、人間が担う
最終確認や、微妙なニュアンスの判断は人がやる。ただし、その判断もログとして残し、次の自動化に活かしていく。
こうして、「Excelの中に閉じ込められていた属人判断」を、
少しずつ組織全体のナレッジへと引き上げていくことが、
Excel文化から卒業するためのリアルな道筋だと感じています。
DXの前に、「Excel文化」と向き合う
建設業のDXは、どうしても
- BIM/CIM
- 現場の3Dスキャン
- ドローン・撮影・点群
- クラウド施工管理
といった“華のある領域”に目が行きがちです。
もちろんそれらも重要ですが、
毎日地味に積み上がっているのは、バックオフィスのExcel業務です。
- 見積の精度
- 原価管理のスピード
- 協力会社との関係性
- 若手の育成と定着
こうしたものの土台に、Excel文化がべったりと張り付いています。
DXという言葉の前に、一度立ち止まって、
「うちの会社は、どこまでExcelに依存しているのか?」
「そのExcelの中に、どんな判断が埋まっているのか?」
を見直すこと。
それが、建設業にとって本当に意味のあるDXの第一歩なのだと思います。
おわりに
この記事では、「Excelを使うこと」自体を否定するつもりはありません。
問題なのは、「Excelに頼らざるを得ない構造」と
「Excelの中に判断が埋まってしまう文化」です。
- フォーマットはバラバラでもいい
- でも、意味と判断ルールは揃えていく
- その過程で、AIやツールを“現場の事務員”として活用していく
そんな方向で、Excel文化を少しずつ“アップデート”していければ、
建設業の仕事はもっと軽く、もっと強くなっていくはずです。
(必要であれば、こうした「Excel依存からの脱却」をテーマに、
具体的な事例やツール活用のパターンも別記事でまとめてみようと思います。)
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