AIに任せられないのは“計算”ではなく、“決断”。
速さはAIがくれる。
方向を決めるのは、いつだって人間だ。
1|会議室に流れる「言葉にならない空気」
夕方の見積レビュー。AIは相見積の差額を秒で並べ、過去案件から「似ている事例ベスト5」を提示してくれる。
表の色分けは親切だ。赤は割高、青は割安。
——なのに、誰もすぐには口を開かない。
「この単価、押し切るか、落とすか」
「納期優先で仕様を軽くするか、品質を守って遅らせるか」
沈黙が生まれる理由は単純だ。
決断には“計算外の要素”が必ず混ざるからだ。たとえば、長年の取引先の事情、現場の安全、担当者の経験知、そして“後で誰が責任を持つのか”という目に見えない重み。セルには入らない変数が増えた瞬間、数式は足りなくなる。
2|“計算”と“決断”のちがいを、いったん言語化しておく
- 計算:既知のルールを適用して、正しさを求める作業。
例)差分抽出、整合性チェック、過去実績の検索、単価の加重平均…
→ AIは超高速・高再現。 - 決断:複数の“正しさ”の中から、何を優先するかを選ぶ行為。
例)今回は安全>コスト、今回は関係維持>短期利益、今回は納期>完全性…
→ 人が価値観と責任を引き受ける領域。
この区別をチームで共有しておくと、議論が速くなる。
AIは「材料集めと計算」を最大化し、人は「優先順位の選択」に集中する。これが健全な分業だ。
3|ベテランの“迷い”はノイズじゃない
ときどき、新人がこう言う。「Aのほうが金額は安いのに、なぜBにしたんですか?」
ベテランは一拍置いて答える。「Bは雨に強いから。あの現場の地盤、雨が続くと一気に悪くなる」
——その一拍に、現場の経験知が折りたたまれている。
AIが苦手なのは、“迷いながら整えていくリズム”だ。人は迷う。迷いながら、価値・関係・時間の配分を探る。その軌跡は、数式で一発出力されるものではない。
だから、迷いを残す。結論だけでなく、なぜそう決めたかの短い理由を、ログにする。すると、次の人が同じ地点から迷える。これがナレッジの最小単位だ。
「正解」を共有するより、「正解に至る道筋」を共有する。
4|決断を“設計”する——5つの問い
会議が詰まったら、下の5問だけでいい。ホワイトボードに書いて、A/B/Cに○△×をつける。
- 守るべき価値は何か?(安全/信頼/契約/利益…)
- 関係性の影響は?(協力会社・社内の将来コスト)
- 時間軸の優先は?(いまの最適 vs 半年後の最善)
- 最悪シナリオは?(回避コスト・発生確率・代替策)
- 誰が責任を持つか?(決裁者の名前を書いて宣言)
——この5問の答えを一行で残す。それが「決断ログ」だ。
ログ例(実務調)
・価値:安全優先(台風リスク)
・関係:A社の繁忙でB社採用(来期増員計画)
・時間:納期死守。仕様は等級-1へ。
・最悪:再施工10日・-3%利益 → 代替材在庫あり
・責任:部長 決裁 10/31 16:20
これで、後工程の“理由探し”が消える。議事録は要らない。決断は短く、しかし残す。
5|“決めやすくする”ためにAIへ任せる3つの土台
AIの強みは、速さ・網羅・忘れないの3点だ。決断前の土台として徹底活用する。
- 差分の可視化
- 単価・納期・仕様のズレを自動ハイライト。
- 「コスト影響」「スケジュール影響」「リスク影響」を並列に出す。
- グラフは要らない。三行の文章のほうが会議は進む。
- 過去事例の呼び出し
- 「似ている案件ベスト5」を即表示。
- そのときの決断ログの一行も一緒に出す。
- “似ている理由”が分からなければ、会議はまた迷う。
- 例外のエスカレーション
- 閾値(±7%など)を超えたら、人へ通知。
- 通知には“比較の観点3つ”(コスト/時間/リスク)を必ず添付。
- 通知は“呼び鈴”ではなく“下ごしらえ済みの盆”。ここを妥協しない。
6|コラム的余談:数字は「静止画」、現場は「動画」
数字は瞬間のスナップショットだ。
だが現場は動画のように流れる。天気、職人の稼働、調達の詰まり、取引先の資金繰り——秒で変わる。
静止画を何枚重ねても、動画にはならない。
だから、数字に「文脈」を足す。決断ログは、その最小の字幕だ。
7|“やってはいけない”3つの習慣
- NG1:結論だけを残す
「B案採用」——なぜ?次に同じ議論が再発する。
→ 一行理由をセットで。将来の自分への手紙だ。 - NG2:AIの採点を“鵜呑み”
赤いセルが悪、青が善。……そんな単純な現場はない。
→ AIの色は注意喚起、最後に決めるのは価値配分。 - NG3:会議で資料を“初見”
初見でのリアクションは派手だが、決断の質は下がる。
→ 事前にAIに3行要約+5事例を出させ、会議は選ぶだけにする。
8|“1分で決める”ためのテンプレ(配布)
会議冒頭で、ただこれを埋める。
- 状況(一文):__________
- 選択肢(A/B/C):________
- 評価(コスト/納期/リスク):A=○△×、B=○△×、C=○△×
- 決め手(価値/関係/時間のどれ?):________
- 一行ログ(理由):________
- 責任者+時刻:________
テンプレは単純であるほど強い。埋める行為が思考を整える。
9|“当たり外れ会”——決断は、あとから上手くなる
月に一度、10分でいい。当たり外れ会を開く。
- 当たり:なぜ当たった?再現できる要素は何?
- 外れ:どこで誤差が出た?次はどのルールに戻す?
- 閾値・チェックリスト・通知条件を小さく更新する。
決断は“勘”ではなく、改善可能なスキルに変わる。
10|現場のミニケース
ケースA:納期最優先のはずが、結局遅れた
- AIの見積は安価な輸入材を推奨。
- 迷いログなしで採用 → 通関遅延で工期後ろ倒し。
- 教訓:外部依存のリードタイムを“リスク影響”に必ず反映。以降は「輸入材は台風期×」のルール化。
ケースB:高いほうをあえて選ぶ
- 地場業者Bは+4%。ただし雨天施工に強い。
- 「梅雨入り前」「斜面多い」——一行ログに明記。
- 結果、再施工ゼロ。“高い=損”の短絡から卒業。
11|最後に——沈黙の質を変える
AIは資料を整える。会議の沈黙は、“資料を読むため”の沈黙から、“未来を選ぶため”の沈黙へ変えられる。
私たちが引き受けるのは、正しさの証明ではない。優先順位の宣言だ。
AIに任せられないのは“計算”ではなく、“決断”。
迷いを恥じず、理由を一行で残し、次の誰かの出発点にしよう。
——速さはAIに、方向は人に。
それが、現場を強くする最短ルートだ。
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