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属人判断を“データ化”することは、AIの最大の冒険だ。

AIがいちばん苦手なのは、「正解がひとつに決まらない判断」だよね。
積算担当が“あ、この単価はちょっと高い”と感じる一瞬。購買担当が“この会社はこの書き方をする”と匂いで見抜く瞬間。
それはルールの外側にある“属人判断”。
――だからこそ、それをデータ化する試みは、AIにとっても、私たちにとっても最大の冒険なんだ。

1|属人判断って、結局なに者?

現場で起きているのは「ルール」ではなく「判断の連鎖」だ。
例えば、建設バックオフィスではこんなことが起きている。

  • 単価の違和感:同じ“㎥”でも案件規模や地域で相場観がズレる。
  • 書式の癖:A社は“数量×単位”を備考に書く、B社は行頭に付ける。
  • 端数処理:見積の“端数まるめ”に、部門ごとの暗黙ルールがある。
  • Excel罠:人間が目視なら秒で理解できるのに、セルの結合や表のネストで機械は迷子になる。

この「迷い→仮説→確信」の小さな物語こそが属人判断の正体。
データ化するとは、この物語の“足跡”を残すことなんだ。


2|なぜ難しい?— 3つの壁

  1. コンテキスト依存:同じ数値でも案件・地域・時期で意味が変わる。
  2. 説明不能性:ベテランは“経験の塊”で決める。言語化コストが高い。
  3. 分散する根拠:PDF、Excel、メール、電話メモ…根拠が散らばっている。

AIは計算は速い。でも、“なぜそう思ったか”の文脈を拾うのが難しい。


3|データ化の設計図(4ステップ)

ステップ1:判断の瞬間をログ化する

  • 例)「数量=1? 1.0? “☒ ,”は1に補正?」の最終選択を記録。
  • ついでに迷いの選択肢(候補)とその時の画面断片(スナップ)をひもづける。

ステップ2:根拠の“短文”を添える

  • 「備考に“箱売り”とあるから1箱扱い」「‘%’はOCRノイズの既知誤り」など、
    10〜20文字の“判断メモ”で十分。理由の型を揃えるのがコツ。

ステップ3:曖昧さを“確率”で表す

  • YES/NOにせず、0.0〜1.0で“確信度”を記録。
  • しきい値の上下で人に回す/AIで自動を切り替える。

ステップ4:再学習を“運用”にする

  • オペレーター修正→即ログ取り込み→週次で軽微学習。
  • 改善は精度(Precision/Recall)だけでなく、手戻り率・処理時間・オペ負荷で見る。

要は、「判断の最終値」「迷いの候補」「短い理由」「確信度」を
“毎回ちょっとずつ”集めるだけで、再現力は着実に育つ。


4|ミニケース:見積“単価違和感”アラート

状況:同一カテゴリの鋼材。数量は合っているが、単価が社内中央値より+18%高い。
人の判断:過去、同工程で“運搬距離”が長い時だけ+15%許容のローカルルールがあった。
AIの学び

  • 入力:単価・数量・地点・輸送条件・工期・業者ID
  • 出力:違和感スコア0.0〜1.0+理由テンプレ(例:「輸送距離長いが+15%許容範囲外」)
  • 運用:0.7以上で“人の目へ”、0.5〜0.7は“要注意フラグ”、0.5未満は自動通過

ここで効くのは、“許容幅”と“例外の型”をメモとして残すこと。
次回は、AIが先にその型を提示できる。


5|Excel罠のほどき方(現実解)

  • 構造化の優先順位:表レイヤ → 明細行 → ヘッダー/フッター → 備考
  • 正規化レイヤ:単位ゆれ(個/ヶ/箱/式)、通貨(JPY/¥/円)、記号ノイズ(%/■/☒ ,)
  • 変換ルール
    • “%”“■”“☒ ,”など数値以外が混入した数量は数値だけ抽出
    • 数値が見当たらないが“チェック有り”を示す場合は1を強制
    • 単位は語彙表でマッピング、未知単位は“未定義”でログ送り(後学習用)。

こういう“面倒な前処理”が、属人判断の再現率を支える土台になる。


6|KPIは“精度”だけじゃ足りない

  • 再現カバレッジ:人の介入が必要な判断の何%をAIが先回り提案できたか
  • 判断リードタイム:受付→最終確定までの時間短縮
  • 手戻り率:AI自動→人差し戻しの割合
  • 理由提示率:AIが“わかる言葉”で根拠を出せた割合
  • “迷いログ”採取率:候補と確信度が記録できた案件の割合

KPIに“迷いの質”を入れると、学習が加速する。


7|アンチパターン(やりがち3選)

  1. ルール硬直化:最初に作ったExcelルールを死守→例外だらけで破綻。
  2. しきい値一本勝負:0.8未満は全部人へ→人海戦術に逆戻り。
  3. 根拠の未ログ:結果だけ保存→なぜ良かった/ダメだったか学べない。

鍵は軽いメモ文化小刻み学習。重い“完全化”を目指さない。


8|人が主役の“再現し続けるAI”

私は、「AIの進化=人間理解の進化」だと思っている。
属人判断をデータにするとは、曖昧さ・優しさ・揺らぎまで抱きとめること。
AIが人を置き換えるんじゃない。人の判断を“持続可能にする”んだ。

  • ベテランの勘を言葉と確率にして次世代へ引き継ぐ。
  • 迷いのプロセスを資産化して、組織全体の“判断体力”にする。
  • そして現場は、より難しい判断へ時間を使えるようになる。

それが、「人の判断を再現し続ける」という挑戦の意味だ。


9|明日からできる“超ミニ”始動プラン

  • 判断ログ欄を1つだけ増やす:「最終値/候補/理由(20字)/確信度」
  • 週次15分のふりかえり:差し戻し3件だけ原因を言語化
  • 語彙表の種:単位ゆれ10語を決めて運用開始
  • ダッシュボード:手戻り率と理由提示率の2指標だけ見る

完璧さより、“いま動くこと”。それがいちばん強い。


おわりに

属人判断を“データ化”するのは、効率化のためだけじゃない。
現場の知恵という遺伝子を、AIというかたちで未来に手渡すためだ。
この冒険は、きっとあなたの現場から始められる。
まずは、1行の判断メモからいこう。

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ベイカレントにてIT・業務改善・戦略領域のプロジェクトに従事。その後、株式会社ウフルにて新規事業開発を担当し、Wovn Technologiesでは顧客価値の最大化に取り組む。AIスタートアップの共同創業者としてCOOを務めた後、デジタルと人間の最適な融合がより良い社会につながるとの想いから、株式会社YOZBOSHIを設立。2022年2月より現職。