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“PowerPointで説明する文化”が、建設業のDXを止めている。

「DX推進=PowerPoint職人」になっていないか

建設会社のDXの相談を聞いていると、こんな構図がよく出てきます。

  • DX担当者は、ひたすら社内向け・社外向けのスライドづくり
  • ベンダーも、競うように美しい提案資料を量産
  • 会議は、そのスライドをひたすら “説明する場” になっている

結果として、DXプロジェクトの最初の1〜2ヶ月が

説明のためのPowerPointを作る期間

で終わってしまう。

でも、DXで本当に変えたいのは「資料」ではなく「現場の業務」や「データの流れ」のはずです。
ここに、大きなギャップがあります。

建設業に根付いた「PowerPointで説明する文化」

建設業では、次のような重要な場面ほどPowerPointが前面に出てきます。

  • 新しいシステム導入の社内稟議
  • 元請・発注者への提案やプレゼン
  • PoCの企画説明・結果報告
  • DX推進委員会向けの進捗報告

どれも大事な場面ですが、そこで扱われる情報は

  • きれいなイメージ図
  • 理想的な将来フロー
  • 「工数◯%削減」といったざっくりした数字
  • キャッチーなキャッチコピー

になりがちです。

一方で、現場のリアルな情報――

  • バラバラな見積フォーマット
  • 各社ごとにクセのあるExcel
  • FAXやPDFで飛び交う注文書・納品書
  • ベテランだけが知っている判断ルール

といった “泥臭い情報” は、パワポ用の「一枚絵」にきれいにまとめられてしまう。

この瞬間に、DXの難しさの9割が “薄められて” しまっている、と言っても過言ではありません。


なぜ「PowerPoint文化」がDXを止めてしまうのか

1. スライドには「判断の根拠」が残らない

PowerPointに残るのは、

  • それっぽい結論
  • わかりやすく整理された “きれいな言葉”

です。

しかし、本当にDXに必要なのは、

  • どの帳票の、どの項目をどう読むか
  • 例外パターンをどう扱うか
  • 誰が、どの条件で、どう判断しているのか

といった “判断の中身” です。

スライド作成の過程で、こうした細かい前提や例外は削ぎ落とされ、

「AIで自動抽出 → 〇%工数削減」

という一行に圧縮されてしまう。
これでは、本番運用レベルの設計にたどり着けません。

2. 「わかりやすいストーリー」が現場の複雑さを上書きする

PowerPointは、「ストーリー」を作るのが得意なツールです。

  • Before:紙とExcelで大変
  • After:AIとクラウドでスッキリ
  • おしまい

という3枚セットのような構成は、とても受けがいい。

ただ、現場はそんなに単純ではありません。

  • 一部は紙、一部はExcel、一部は既存システム
  • 元請・下請け・協力会社でフォーマットがバラバラ
  • 同じ会社内でも部門によってルールが違う

この複雑さを削り落として「ストーリー優先」で語ると、
検討は進んだように見えて、実装フェーズで一気に行き詰まります。

3. 担当者の時間が「資料づくり」で燃え尽きる

DX担当者・情報システム部門・現場リーダーの貴重な時間が、

  • 社内説明用資料のブラッシュアップ
  • 役員向けに “もっとわかりやすく” 手直し
  • ベンダーからの提案資料のレビューと修正要望

に消えていきます。

本当はこの時間を、

  • 現場ヒアリング
  • 帳票・データの棚卸し
  • 小さな実験(PoC)の設計
  • ルールの言語化・「人の判断」の分解

に使うべきです。

“美しいPowerPoint” を完成させるころには、
「もうこの案件はやり切った感」が出てしまい、
実装フェーズへのエネルギーが残っていない――そんなケースも珍しくありません。

4. 「わかった気」になるが、何も変わらない

PowerPointの一番の罠は、

会議がうまくいったように見える

ことです。

  • 皆がうなずいている
  • 「わかりやすかったね」と言ってくれる
  • 「いいね、ぜひ進めよう」とコメントが出る

ここで会議は一旦成功したように見えます。
しかし会議が終わっても、

  • 明日から何が変わるのか
  • どの現場の、どの帳票から手をつけるのか
  • 誰がどの判断ルールを整理するのか

が決まっていなければ、何も変わりません。


DXは「説明」ではなく「一緒に手を動かすこと」

では、どうすれば「PowerPoint文化」の罠から抜け出せるのでしょうか。

キーワードは、

説明よりも、「一緒に手を動かす」時間を増やす

ことです。

たとえば、会議の進め方をこう変えてみます。

  • スライドは3枚だけ(背景・目的・今日決めたいこと)
  • あとは、実際の見積書や注文書のサンプルを画面に映す
  • その場で「これはこう読みたい」「この例外はこう扱っている」と口頭で出してもらう
  • それをメモしながら、その場で簡単なルール案を作る

つまり、

  • PowerPointを見る時間を減らし、
  • 実物(帳票・Excel・システム画面)を見る時間を増やす

ということです。

ここで整理された「人の判断」「例外ルール」が、
後からAIやシステムに落とし込むときの“設計図”になります。


建設会社が「PowerPoint文化」から抜け出すための3ステップ

最後に、具体的なアクションとして3つ挙げてみます。

1. 資料は「決めるための3枚」に絞る

  • 背景・目的
  • 現状の課題と、最初に手をつける業務
  • 今日決めたいこと(範囲・スケジュール・体制)

に絞り、あとは付録に回します。

「説得するための100枚」ではなく、
「合意して前に進むための3枚」にするイメージです。

2. 最初にやるのは「スライド」ではなく「帳票の棚卸し」

DXのキックオフで、まずやるべきは

  • 実際に使っている帳票・Excelを集める
  • どの項目を、誰が、何のために見ているかを書き出す
  • 例外パターン・属人ルールを洗い出す

といった “泥臭い棚卸し” です。

ここを飛ばしてPowerPointだけきれいにまとめても、
本番運用で必ずつまずきます。

3. 「人の判断」を、ちゃんと残す

AIやシステムに任せられないグレーゾーンは、必ず残ります。

  • 「この病院だけは、品番の書き方が特殊」
  • 「この協力会社は、数量の単位が独特」
  • 「この条件なら、担当者Aの基準で判断している」

こうした判断を、その場限りの会話やメモで終わらせず、

  • ルールとして文章化する
  • できればツールの中に「判断ログ」として残していく

ことが、DXの “再現性” を高めていきます。


おわりに:「美しいPowerPoint」より、「正しい判断」を

PowerPointそのものが悪いわけではありません。
問題なのは、

「まずはPowerPointで説明を」
「きれいな資料を作ってから」

と、スライドづくりがDXのスタート地点になってしまっていることです。

本来DXは、

  • 現場のリアルを直視し、
  • データとルールを整理し、
  • それを少しずつ仕組みに変えていく

地味で時間のかかるプロセスです。

だからこそ、

“美しいPowerPoint” より、“正しい判断”。

この順番を取り戻すことが、
建設業のDXを本当に前に進める一歩になるのだと思います。

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ベイカレントにてIT・業務改善・戦略領域のプロジェクトに従事。その後、株式会社ウフルにて新規事業開発を担当し、Wovn Technologiesでは顧客価値の最大化に取り組む。AIスタートアップの共同創業者としてCOOを務めた後、デジタルと人間の最適な融合がより良い社会につながるとの想いから、株式会社YOZBOSHIを設立。2022年2月より現職。