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“Excel罠”の正体2 ― AIでは解けない“表現ゆらぎ”の世界。

「AIに読み込ませれば、Excelもそのうちキレイに整理されるはず」

そう期待して、AI-OCRやChatGPTを試してみたものの、
現場で本気で使おうとすると、意外な壁にぶつかります。

・同じ得意先なのに、Excelごとに名前が全部違う
・同じ材料なのに、現場ごとに品名の書き方がバラバラ
・同じ現場なのに、別のファイルでは略称になっている

AIは「それっぽく」読み取ってくれるのですが、
いざ集計しようとすると「同じもの」がバラバラに散ってしまう。

この正体が、今回のテーマである「表現ゆらぎ」です。
そしてこれは、AIでも“いきなり完全自動”にはなりにくい、かなりしぶとい問題です。

1. Excel罠の本体は、「自由な表現」×「後から効いてくる構造」

Excelは、ある意味で“紙より自由”です。

セルさえあれば、

  • どこに何を書いてもいい
  • 好きな表現で書いていい
  • 途中でレイアウトを変えてもいい

短期的には、とても便利です。
目の前の見積書や管理表を「とりあえず形にする」には最強のツール。

ただし、「後から集計・分析したい」となった瞬間に牙をむきます。

  • 得意先名の揺れ
    • 「株式会社ABC」
    • 「(株)ABC」
    • 「ABC㈱」
    • 「ABC(株)」…(全角・半角・スペース入り)
  • 品名の揺れ(建設・製造だと“あるある”)
    • 「M16×60L」
    • 「M16*60L」
    • 「M16-60」
    • 「ボルト M16 60L」
  • 単位や数量の揺れ
    • 「3.0㎡」「3m2」「3 M2」「3.0」
    • 「個」「ヶ」「コ」
    • 「1式」「一式」「一 式」

人間の感覚では「全部同じ意味」で扱っているのに、
機械にとっては別物の文字列です。

そして、この「表現の自由さ」と「後から構造化したい欲望」のギャップが、
Excel罠のコアな部分になっています。


2. AIは“似ている”けれど、“責任を取れる”わけではない

では、AIはこれをどう見るのか。

最近のLLM(ChatGPTなど)やAI-OCRは、「似ている文字列」を見つけるのは得意です。
たとえば、

  • 「株式会社ABC」と「(株)ABC」は、たぶん同じ会社だろう
  • 「M16×60L」と「M16-60」は、たぶん同じ規格のボルトだろう

…という「それっぽい推測」は簡単にできます。

しかし、業務で本当に困るのはここから先です。

  • 「たぶん同じ」を「同じ」として扱っていいのか
  • 過去データではどう扱ってきたのか
  • 別の現場では、同じ表現が別の意味で使われていないか

つまり、「どこまでを同一視してよいか」という判断が必要になります。

この判断は、

  • その会社の業務ルール
  • 業界の慣習
  • 過去のやりとりの履歴
  • 担当者同士の“暗黙の了解”

といった、非常に“人間くさい”要素に依存しています。

AIは、「それっぽくまとめる」ことはできても、
「この会社ではこう扱うべき」という責任ある判断ルールまでは持っていません。


3. ベテランは“頭の中に変換表”を持っている

では、人間のベテラン担当者は、どうやってこの問題を解いているのか。

彼らは無意識のうちに、こんなことをやっています。

  • 得意先名の変換
    • 「(株)ABC」「ABC㈱」「ABC(株)」
      → 頭の中では全部「株式会社ABC」として扱っている
  • 品名の読み替え
    • 「M16×60L」「M16-60」
      → 過去の発注履歴を見て「あ、いつものあのボルトね」と判断
  • 現場名・工事名の統合
    • 「○○ビル新築工事」と「○○BL新築」
      → 請求書の宛名や担当者名を見て、同じ現場だと理解

ポイントは、
1セルだけを見て判断しているわけではないということです。

  • 隣の列や、別シート
  • 過去のExcelファイルやメール・FAX
  • その得意先との“いつものやりとり”

これらを総合して、「これはAに統一」「これはBとして扱う」と決めています。

言い換えると、ベテランの頭の中には、
その会社専用の「巨大な変換辞書」と「判断ルール」が入っている、ということです。


4. AIで一発自動化できない理由は、「会社ごとの“正解”が違う」から

AI界隈ではよく、「教師データをたくさん集めれば性能が上がる」と言われます。

しかし、表現ゆらぎの世界では、教師データを集めれば集めるほど、
逆にこんな問題が出てきます。

  • A社では「一式」と「1式」を同じ扱いにしている
  • B社では「一式」と「1式」を分けて集計している
  • C社では、「一式」は禁止で、数量を必ず入れさせたい

つまり、会社ごとに“正解”が違うのです。

この状態で「万能AI」を作ろうとしても、

  • A社にはちょうどよくても、
  • B社に導入すると、集計ルールが崩れ、
  • C社に入れると、「そんなまとめ方は困る」と言われる

ということが起きます。

AIに足りないのは、「文字列を読む力」ではなく、
「その会社にとっての正解を学び続ける仕組み」です。


5. 解決の方向性は、「ゆらぎの設計」と「判断ログの蓄積」

では、どうすればいいのか。

「AIをあきらめましょう」では、あまりにももったいないので、
現実的な解き方の方向性を整理してみます。

① ゆらぎが発生しているポイントを棚卸しする

まずは、現場で実際に起きている“表現ゆらぎ”を可視化します。

  • 得意先名
  • 現場名・工事名
  • 品名・型番・サイズ
  • 単位・数量の書き方
  • 日付・コード類(伝票番号、受注番号など)

「このあたりが毎回モヤモヤするよね」というポイントを、
10個くらい書き出してみるだけでも、かなり視界がクリアになります。

② 「許容するゆらぎ」と「許容しないゆらぎ」を決める

次に、全部をガチガチに揃えるのではなく、

  • 多少揺れても問題ないところ
  • ここは絶対に揃えておきたいところ

を分けます。

例えば、

  • 得意先名は「正式名称に揃える」
  • 現場名は“人が読んでわかればOK”
  • 品名は「品番・JANなどのキー情報が合っていればOK」
    …など、会社ごとの現実解を決めていきます。

③ Excelでできる“ゆらぎガード”を入れる

いきなりAIに丸投げするのではなく、
Excel自体にもできることがあります。

  • プルダウンで選ばせる(マスタ管理)
  • 入力規則で、変な形式を防ぐ
  • 関数(SUBSTITUTE、TRIMなど)で表記ゆれを補正する

「完全に自由な白紙のセル」を少しずつ減らしていくだけでも、
後工程の負担はかなり変わります。

④ AIは「候補を出す側」、最終判断は人がする

AIには、「自動で決めさせる」のではなく、
「候補を提示させる」役割を持たせます。

  • 「この得意先名は、マスタのどれに近そうか」
  • 「この品名は、どの製品マスタと似ているか」
  • 「この現場名は、過去のどの現場に近そうか」

AIが“候補リスト”を出し、
人間が最終的に「これだ」と選ぶ。

このときのポイントが、「選んだ結果をログとして残す」ことです。

⑤ ベテランの判断を「判断ログ」として貯める

毎回の人の選択(判断)を、

  • 「どの文字列を」
  • 「何とみなしたか」
  • 「いつ、誰がそう判断したか」

という形で、データとして残していく。

これが、その会社にとっての“本当の教師データ”になります。

回数を重ねるほど、

  • よく出てくるパターンは自動化できるようになり、
  • レアなケースだけ人が見る、という世界に近づいていきます。

6. Excelから“卒業”するのではなく、Excelを「判断の窓口」にする

ここまで読むと、

「じゃあExcelやめて、専用システムに全部置き換えるべきでは?」

という発想も出てきます。

もちろん、それが理想のパターンもあります。
ただ、現実の建設・製造・流通の現場では、

  • 取引先から届くのは相変わらずExcelやPDF
  • 社内でも、部門ごとにカスタムされたExcelが動いている
  • いきなり全部を置き換えるのは、業務インパクトが大きすぎる

といった事情があります。

そこで、発想を少し変えます。

  • Excelは「現場が今まで通り使う画面」として残す
  • 裏側で、AI+仕組み側が「ゆらぎを吸収して構造化」していく

つまり、Excelは“人の判断の窓口”として残しつつ、
判断の中身をログ化していく
イメージです。

私たちが取り組んでいる「人の判断を再現し続ける」仕組みも、まさにここを狙っています。


7. まずは、自社の“ゆらぎポイント”を10個書き出してみる

最後に、この記事を読んでくださった方へのおすすめアクションを一つ。

  1. 直近で困っているExcel(見積、請求、原価管理表など)を1つ開く
  2. 「これ、毎回表現バラバラだよな…」と思う項目を10個ピックアップする
  3. その横に、「本当はどう統一したいか」をメモしてみる

これだけで、

  • どこからAIを入れるべきか
  • どこはExcelの設定で防げるか
  • どこに“人の判断ログ”が効いてきそうか

が、かなり具体的に見えてきます。

AIは万能ではありませんが、
「表現ゆらぎ」とちゃんと向き合い、
人の判断を仕組みに落とし込んでいくことができれば、
Excel罠は、少しずつ“解けるパズル”に変わっていきます。

そして、そのパズルを解くプロセスこそが、
会社ごとの“業務の強さ”そのものになっていくはずです。

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ベイカレントにてIT・業務改善・戦略領域のプロジェクトに従事。その後、株式会社ウフルにて新規事業開発を担当し、Wovn Technologiesでは顧客価値の最大化に取り組む。AIスタートアップの共同創業者としてCOOを務めた後、デジタルと人間の最適な融合がより良い社会につながるとの想いから、株式会社YOZBOSHIを設立。2022年2月より現職。