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AIが入っても、なぜ“現場の判断”は属人のままなのか。

1. AIを入れても、「最後はAさんに聞かないと」が消えない現実

ここ数年で、現場にもAIがどんどん入ってきました。

・見積書や報告書のたたき台はAIが作ってくれる
・過去案件の検索や、似た事例探しもすぐ出てくる
・チェック漏れや単純ミスは、かなり減ってきた

それでも、こんな会話は、あまり減っていません。

「この単価で出していいかは、最終的にAさんに確認してください」
「この取引先はちょっと特殊だから、Bさんの判断を仰いでください」
「この案件、スケジュール的にいけるかどうかは、工事課のCさんじゃないと…」

AIが入っても、「最後のOK」「ギリギリの判断」は、相変わらず特定の人に集中したまま。
なぜ、ここだけはいつまでも“属人”から抜け出せないのでしょうか。


2. 現場判断が属人化する、いくつかの理由

2-1. 判断の「前提条件」が言語化されていない

例えば、こんな判断があります。

・見積の単価を上げるか、そのまま飲むか
・工期ギリギリの案件を引き受けるか、断るか
・お客様の「この一文」をどう解釈して設計に落とし込むか

熟練者は、頭の中でこんなことを同時に考えています。

・このお客様とのこれまでの関係性
・過去に似たことをやったときのトラブルの有無
・社内のリソース状況や、他案件とのバッティング
・将来的に広がりそうな案件かどうか

でも、それを「ルール」としてちゃんと書き出している会社は、ほとんどありません。

結果として、

「なんとなく、今回はこうしておいた方がいい」
「このパターンは危ないから、やめておこう」

という“勘と経験”で済んでしまい、判断のロジックが見えません。
AIに任せたくても、「何をどう考えて、その結論になっているのか」が整理されていないので、任せようがないのです。


2-2. データではなく「エピソード」で記憶している

現場のベテランに話を聞くと、よく出てくるのはこんなフレーズです。

「昔あのお客様で痛い目を見てね…」
「前の現場で似たことがあって、そのときはこうしたんだよ」

つまり、記憶の単位が「データ」ではなく「エピソード」です。

・どの案件で
・どんな条件で
・どんな判断をして
・結果がどうだったのか

ここまで整理して記録されることは、ほとんどありません。
せいぜい、社内の議事録にサラッと書かれている程度で、そのときの温度感や「嫌な予感」のニュアンスは消えてしまいます。

AIはエピソードではなく、構造化されたデータで学びます。
人はエピソードで学び、語り、判断します。
このギャップが、属人化の温床になっています。


2-3. 「判断を残す仕組み」がそもそも用意されていない

多くの会社では、入力や作業ログは残していても、「判断ログ」は残していません。

・どんな情報を見て
・どんなリスクを考えて
・最終的にどう判断したか
・なぜ、その判断を選んだのか

ここが、システム上はほぼ“空白”になっているケースが多い。

判断の痕跡が残らないということは、
「人の判断」が、会社の資産にならない
ということでもあります。

結果として、

・同じような案件が来るたびに、毎回ゼロから悩む
・人が増えても、判断レベルは“水で薄めたように”下がっていく
・ベテランが抜けると、一気に判断の質が落ちる

これを「属人化」と呼んでいるだけで、実態としては
「判断を組織の知として残す設計を、そもそもしていない」
ということが多いのです。


3. AI導入の“落とし穴” ― 作業は自動化されても、判断プロセスは放置されがち

AI導入の現場を見ていると、こんな流れになっていることが多いです。

・帳票の読み取りや転記をAI-OCRで自動化
・報告書や見積書のたたき台を生成AIで作成
・NGワードチェックや単純な整合性チェックも自動化

ここまでできると、かなり楽になります。
ですが、その先の

「この条件ならOKにしていいか」
「このリスクは許容範囲かどうか」
「この案件にどこまで踏み込んでコミットするか」

といった“腹をくくる判断”は、依然として人間が担っています。

そして、その判断のやり方だけは、導入前とほぼ変わらないまま。
つまり、

・「AIが作った案を、ベテランがチェックして修正して終わり」
・判断のプロセスは、以前と同じように頭の中だけで行われる
・その修正の理由も、ログとしては残らない

これでは、いくらAIを入れても、属人判断は減りません。
むしろ「AIがやってくれた分だけ、ベテランの判断がさらにボトルネックになる」という構造が、よりくっきりと浮かび上がってきます。


4. 属人から「チームの判断」へ変えるために

では、どうすれば「現場の判断」を属人から卒業させられるのか。
いきなり“全部AIに置き換える”必要はありません。
まず、こんなところから始めるのが現実的です。

4-1. どの判断がボトルネックになっているかを特定する

・見積査定の「OK/NG」
・工期の「受けられる/受けられない」
・設計の「この解釈で進める/やり直す」

など、現場で「ここだけはAさんに聞かないと」と言われている判断を洗い出します。
すべてを対象にするのではなく、

・頻度が高い
・金額インパクトが大きい
・トラブルの原因になりやすい

このあたりを優先して、「重要な判断ポイント」を特定します。


4-2. 判断基準を「完璧でなくていいから」仮ルールにする

次に、その判断が行われるときに、ベテランが頭の中で見ているポイントを、ざっくりと言語化します。

・この条件なら基本はOK
・この条件が揃ったら要注意
・この条件の時は、必ず上長判断

最初から完璧なルールにしようとしないことが重要です。
むしろ、

「とりあえず今のAさんの頭の中を、そのまま仮ルールとして出してみる」

くらいのノリの方が、前に進みます。


4-3. 例外ケースを“宝物”として集める

判断の世界で一番重要なのは、むしろ「例外」です。

・ルール通りにやっていたら、うまくいかなかったケース
・たまたま助かったけど、冷静に考えると危なかったケース
・ルールには書いていないけど、現場では暗黙の了解になっているケース

こうした例外を、「面倒なもの」ではなく「宝物」として集めていく発想が大切です。
例外の集積こそが、「その会社らしい判断」の正体だからです。


4-4. 判断ログのフォーマットを決める

そして、判断ログを残すためのフォーマットを決めます。

・どの案件で
・どんな情報を見て
・どんな判断をしたか
・迷ったポイントはどこか
・結果どうだったか(後から追記)

これを、現場の負担にならないレベルで、サッと残せる仕組みを用意します。
細かいUIや入力方法は各社それぞれですが、

「人の判断」があとから検索できる状態で溜まっていく

ことが重要です。


4-5. AIには「判断の代行」ではなく「判断の助言」をさせる

ここまでくると、ようやくAIの出番がちょっと変わってきます。

・過去の判断ログから、似た案件を引っ張ってくる
・そのときの判断と結果を、今の案件と並べて見せる
・仮ルールに照らすと「基本はOKだが要注意」などとラベルをつける

つまり、AIがやるのは

「決めてあげること」ではなく
「決めるための材料を、過去の知恵も含めて揃えてあげること」

です。

最終判断は人間が行うけれど、
その判断のプロセスは、AIと人が一緒に作り上げる。
こうして初めて、「属人判断」が「チームとして再現可能な判断」に変わっていきます。


5. 「判断ログ」は、新しい競争力になる

帳票やデータを溜めている会社は、もう珍しくありません。
でも、「人がどう判断してきたか」のログを体系的に溜めている会社は、まだまだ少ないのが現状です。

・ベテランの引退や異動に強くなる
・新しいメンバーが、短期間で“らしい判断”に追いつける
・判断のブレを減らし、クレームや手戻りを減らせる
・AIに学習させる“自社ならではの判断データ”が蓄積される

判断ログは、単なる記録ではなく、会社独自の「判断OS」を育てるための材料です。
ここまで行けると、「AIを入れた会社」と「判断を設計した会社」の差は、数年単位で大きな差になっていきます。


6. AI時代にこそ、「現場の判断」を設計し直す

AIは、計算と生成のプロです。
人間は、文脈を読み、責任を引き受けるプロです。

AIが入ったからこそ、
「現場の判断」を“ブラックボックスのまま”にしておくリスクは、むしろ大きくなっています。

・判断の前提を言語化する
・例外を宝物として集める
・判断ログを残す仕組みをつくる
・AIには「判断の助言役」として入ってもらう

このあたりから一歩ずつ始めていくと、
「AIがあっても属人」という状態から、
「AIと人で、判断を再現し続けられる現場」へと、少しずつ変えていけるはずです。

あなたの現場で属人化している“あの判断”は何か。
そこから逆算して、AIと人の役割分担を組み直していくことが、これからのDXの本丸になっていくのだと思います。

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ベイカレントにてIT・業務改善・戦略領域のプロジェクトに従事。その後、株式会社ウフルにて新規事業開発を担当し、Wovn Technologiesでは顧客価値の最大化に取り組む。AIスタートアップの共同創業者としてCOOを務めた後、デジタルと人間の最適な融合がより良い社会につながるとの想いから、株式会社YOZBOSHIを設立。2022年2月より現職。